今、なぜ総合的自殺対策か


内閣府 自殺総合対策の在り方検討会報告書(2007.4.9)
「総合的な自殺対策の推進に関する提言」 “はじめに”より


我が国の自殺者数は、昭和30年前後と60年前後に二つのピークを形成した後、2万人台前半で推移していた。この間も、子どものいじめに関巡した自殺などが生じると一時的に人々の関心が高まるものの、一過性のものに終わり、自殺問題が継続して社会的な問題となることはなかった。また、諸外国のように国を挙げて自殺予防対策に取り組むこともなかった。
このような中、平成10年に年間の自殺者が一気に8、000人余り増加したことにより、初めて自殺問題が深刻な社会問題として詰識されるようになった。以後平成17年まで8年連続で3万人を超える状態が続いており、特に、中高年男性の自殺が急増し、そのままの水準で推移していることは憂慮すべき事態である。また、原因動機別では、経済・生活問題の増加が著しい。
諸外国と比べて見ても、人口10万人当たりの自殺による死亡率(以下「自殺率」という。)は、主要国ではロシアについで2番目に高く、アメリカの2倍、イギリスの3倍以上という水準である。
自殺や自殺未遂は、本人にとってこの上ない深刻な事態であるだけでなく、その家族と周りの人々に大きな悲しみと生活上の困難をもたらすことになる。自殺未遂は少なく見積もっても既遂の10倍以上あると言われており、年間の自殺未遂者は30万人以上と推計される。自殺や自殺未遂により、遺族や友人など周囲の少なくとも数人が深刻な心理的影響を受けるとされており、自殺と自殺未遂を合わせると、毎年、百数十万人以上もの人々が自殺問題で苦しんでいることになる。

 このような状況に対し、平成12年には、「健康日本21」の中で自殺者数の減少目標が示され、また、平成14年には、厚生労働省の自殺防止対策有識者懇談会が包括的な自殺防止活動の実施を提唱している。
これらに基づき、厚生労働省を中心に、調査研究の推進、相談体制の整備等の自殺防止対策、具体的には、地域・精神保健の観点から地域におけるうつ病対策、産業保健の観点から職場におけるメンタルヘルス対策などが講じられてきた。
しかしながら、自殺者数の減少傾向は見られず、3万人台で高止まりしたまま推移している。その理由としては、これまでに講じられた施策は、総合的な視点に乏しく個人を対象とした疾病対策に偏りがちであったこと、遺族や自殺未遂者に対する取組が不足していたことが指摘されている。また、地域保健、産業保健としての取組も、自殺率が高く、関心の高い一部の地域では積極的な取組が見られるものの、それ以外の地域では関係者の連携不足等により具体的な進捗がみられなかったことも明らかになっている。さらには、自殺や精神疾患に対する国民の偏見が強い上、実際的な取組が始まってからはそれほど間がなく、効果をあげるだけの十分な時間がなかったことも理由の一つと考えられる。
こうした中、自殺対策に取り組んでいる民間団体からは、自殺を「自殺する個人」の問題だけに帰することなく、「自殺する個人を取り巻く社会」に関わる問題として取り組むべきであるという主張がなされるようになった。

 このような背景の下、「自殺は避けられる死」であるという認識に立って、平成17年7月には、参議院の厚生労働委員会で「自殺に関する総合対策の緊急かつ効果的な推進を求める決議」がなされ、さらに、翌18年には、自殺対策の法制化を求める10万人の署名に後押しされ、自殺対策を総合的に推進して、自殺の防止を図り、あわせて自殺者の親族等に対する支援の充実を図ることを目的とする自殺対策基本法(以下「基本法」という。)が全会一致で成立し、同年10月に施行されるに至った。
基本法では、政府が推進すべき自殺対策の指針として、基本的かつ総合的な自殺対策の大綱を定めなければならないとされている。大綱案の作成に当たり、高市内閣府特命担当大臣の下で「自殺総合対策の在り方検討会」(以下「検討会」という。)が開催され、総合的な自殺対策の在り方について、昨年11月から8回にわたり議論を重ねてきたところであり、今回、その成果を本報告書に取りまとめたものである。

 自殺は様々な背景、原因により、複雑な心理的経過を経るものであることから、自殺を考えている人を支え自殺を防ぐためには、精神保健的な視点だけでなく、社会・経済的な視点も含めた包括的な取組が必要とされる。また、単一の組織の取組では不十分であり、様々な組織や人々が協力する必要がある。このような意味も含め、自殺対策は、事前予防、危機対応、事後対応の各段階に応じた取組が総合的に行われる必要がある。
また、自殺の予防には、個人に対する働きかけと社会に対する働きかけの両側面からの取組が重要である。すなわち、個人に対する働きかけとしては、自殺の危険性の高い人を早期に発見し、相談機関や医療機関につなげるという取組(メディカルモデル)であり、社会に対する働きかけとしては、自殺や精神疾患についての正しい知識の普及や偏見をなくす取組(コミュニティモデル)やストレス要因となる社会的な制度や仕組みを見直していくという取組である。これら三つの取組を密接に関連させることによって、自殺予防の効果をあげることができると考えられる。(中略)

 厚生労働省の統計によれば、昨年の上半期までの自殺者数(概数)は、一昨年の実績と比べ減少傾向で推移しており、景気の回復も影響しているのではないかと言われている。しかしながら、自殺問題は景気が回復すれば解決する問題ではない。景気の動向に関わらず、多くの自殺は社会的支援があれば避けることができる死であることを銘記すべきである。国民の尊い「いのち」を一人でも多く救うことができるよう、本提言で示された内容を踏まえた自殺総合対策大綱(以下「大綱」という。)が早期に策定され、実効性のある様々な取組が継続的に実施されることを期待するものである。
また、全ての国民が自殺の問題を自らの問題として捉え、国民一人ひとりが自殺対策に取り組むことによって、健康で生きがいをもって暮らすことのできる社会の実現に向けて確実に一歩近づくことができるものと考える。



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